【メンタル】自己肯定感を高める方法について

2020年9月26日

みなさんこんにちは!

最近5月病に苛まれて、ちょっぴりグロッキーなブロガー、NoWayです!

こんなモチベーションが上がらないようなときは、自分を見つめ直すに限ります。

今回、考える心のテーマは”自己肯定感”。

聞いたことがあるような、無いような言葉が出てきましたね。

そこまで深く考えることはありません。読んで字のごとくです。

私自身、自己肯定感の低さに悩むこと数年。どうすれば自己肯定感を高く出来るのか悩み続けてきましたが、ようやく自分なりの結論が出ました。考えの整理をしつつこの記事を書いていきたいと思います。

私と同じく、自己肯定感の低さに悩んでいる方のヒントになれば幸いです。

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そもそも自己肯定感って?

一般的に言われるのは

⇒「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思える心の状態。≒心が健康

で、こっちが私の考える自己肯定感。

⇒文字通り『自己』『肯定』する感情のこと。「良い面、悪い面、全部含めて私。それで良い。それが良い」と思える考え方 ≒心が健康とは限らないが、良くない状態でも受け入れる懐の深さがある状態

だと私は理解しています。

なぜ自己肯定感が低くなるのか

そもそも、この日本という国では

自己肯定=ナルシスト=悪 という風潮が蔓延っているような気がします。

これも、度が過ぎると確かにうざったいですが、この考え方に縛られすぎるのもいささか考えものであると私自身、痛感しています。

 

自己肯定感の対義語は『自己否定感』だそうです。

と言うことは以下が成り立ちます。

自己肯定感の低い状態 = 自己否定感の高い状態

自分を否定することで自己肯定感は低くなる。つまり、自己肯定感が低い原因を探るにはなぜ自分を否定してしまうのかに目を向ければヒントが得られそうです。

自己否定のきっかけや原因は人によって様々だと思いますので一概には言えませんが、以下の2点は共通しているのではないでしょうか。

  • 自己否定の思考が癖になっている⇒ナチュラルネガティブ野郎
  • 無意識に自己否定をしている⇒かまってちゃんネガティブ野郎

以上2点が共通していると思います。

そう、とにかくネガティブなんです。そしてそんなネガティブになってる自分に溺れ、慰めをアテにしているのです。

私自身、そうだったのでこの気持ちはよく分かります。

しかし、齢を重ねるごとにその考えは愚行であると痛感させられるのもまた悲しい事実です。

では、次の章で自己肯定感の低下に繋がる自己否定ついて考えてみます。

なぜ自分を否定してしまうのか

自己否定によって自己肯定感が低くなるのは分かりました。では、心を病んでいる方はいつ自己否定をしているんのでしょう?

この疑問を抱いてから私自身、自己否定の思考を見つけるまで数日かかりました。

そうなんです、大多数の人は無意識で自己否定をしていたので自覚できなかったんです。

『いつ自己否定をしているのか』についての答えは、自分と誰かを無意識に比較する時に出たことを把握しました。具体例で見ていきたいと思います。

自己否定の具体例

下記に自分の心が揺れ動く2つの場面を用意してみました。

《例》

  • 壱. あなたは資格試験に向けて1年間みっちり勉強してきましたが合格出来ませんでした。試験の合格率は僅か15%だったそうです。
  • 弐. 不合格を知った直後、同じ試験を受けた同僚から連絡がきました。同僚は合格だったそうです。同僚の勉強期間は僅か1週間ほどで、あなたが勉強している1年間ほぼ毎日遊んでいました。

 

以上の場面例、壱.と弐.それぞれの時点で自己肯定感の低い人高い人の思考回路を比べてみたいと思います。

自己肯定感の低いネガティブマンの場合

①「残念だけど、難しい試験だし仕方が無い」

②「同僚と比べて私はなんてダメなんだ。一年も勉強したのに!努力は全て無駄だった。何をしたって意味ない。なら、もう努力なんてしない。よし、死のう^^」

「難しい試験に落ちた」だけなら落ち込まなかったのに、同僚と言う比較対象者が出現した途端に自己否定をはじめます

自己肯定感の高いポジティブマンの場合

①「残念だけど、難しい試験だし仕方が無い」

②「(同僚は)要領良くやったんやなぁ」

試験に落ちたことに対する印象は、①と②の間で殆ど変わりません。同僚の合否は自分の評価に繋がらないようです。

ちなみに条件を変えた場合

例の条件を少しだけ変えてみます。結果はどのように変化するのでしょうか。

  • 友人は試験を受けていない
  • 合格率は90%

・・・結果的に意見に変化は見られませんでした。

つまり、対象者との関係性が重要なのではなく、相手が誰でも比較は発生すると言うことです。

なぜ人と比較するのか

自己否定のきっかけになる比較は、なにを引き金に発生するのか。考えてみた結果相対的に自分の評価が下がる場合じゃないかと考えました。

上の例で言うと、

  • 『合格した同僚』の出現によって『不合格の自分』の評価が下がる
  • 『合格した9割の受験者』に対し、9割に入れない『不合格の自分』の評価が下がる

この場合、比べる相手さえ居なければ、自分はただの『不合格者の自分』です。ところが、『合格者』が出現したとたんに自分と合格者を比較してしまいます。どうしてなんでしょうか?

それは、自己肯定感の低さに理由が有ります。自分で自分を肯定できないのなら、自己肯定は他人に依存することになります自分を肯定するための指標が、他人からの評価になるわけです。

しかし、他人からの肯定(この場合は「よく頑張ってくれたね^^」など、直接伝えて貰えること)はなかなか得られません。それを無理に求めることは、他人からただの欲しがりの面倒くさいかまってちゃん認定されるだけなのでおススメはしません。

じゃあこの気持ちはどうするか?そこで比較の出番です。

『自分』と『何か』を比べることで、周囲の目から見た自分が、相対的にどうなのかを判断しようとします。つまり、自分を肯定するために比較を行っているのです。人間は、やっぱり本能的に褒められたい生き物なのです。

しかし、現時点で自己肯定感が低いので相対的に見て悪いとしか感じられません。つまり比較する度に自己肯定感が下がります。これが自己肯定感が低くなるサイクルです。

他人からの肯定に依存する自己肯定感は非常に不安定で危険です。なにせ、肯定されれば相手への依存が増しますし、否定されれば自己肯定感がガクリと下がります。他人の視線や意見にも敏感になり、承認欲求が強くなります。

これが本格的に怖くなると常に他人の顔色を窺って機嫌取りをするのが当たり前の人間=キョロ充

の出来上がりです!やったね!!

ちなみに、私NoWayもこの他人の機嫌伺いの悪癖がひどくこびりついてなかなか治りませんw

自己肯定感が低いのは悪いことなのか

ここまで自己肯定感が低いことを悪のように書いてきましたが、そもそも自己肯定感が低いのは悪いことでしょうか?

そんなことありません!!良い面も沢山あります!表面ヅラだけ見れば、争いを嫌う平和主義者で、人の輪を大切にし、いつも腰が低い。めっちゃ謙虚で優しく良い人じゃないですか。(超絶自画自賛w)

・・・表面ヅラだけ見れば、ですが。

ただ、自己肯定感の低い状態は誰より本人が辛く苦しいです。精神状態が揺れやすく、常に何かを不安に感じながら生きています。その不安や苦しさを緩和したいなら、やっぱり自己肯定感は高くした方が良いのだと思います。

かく言う私もこのように心の弱い人間なので、精神科に通って心の治療をしていた経験があります。いつまたどんなトリガーで心の病気が再発するか毎日ヒヤヒヤしながら生きているのが正直なところです( *´艸`)

自己肯定感を下げない方法

ようやく本題です。まず、これから自己肯定感を下げない為にはどうすれば良いのか。

答えは2つ。

比較をしない

物事なんでも捉え様良いように考えよう

以上です。

ちなみに、2つ目のは私の座右の銘です。ガチです(迫真)。

比較をしないために以下のような感じで段階を踏みながら考えを変えてみませんか?

第一段階
  • 比較をしている瞬間に気づく
  • 比較から自己否定に至る思考を知る

無意識でやってる自己否定をいきなり止めるのは難しいので、まずは第一段階として自己否定に繋がる比較に気づくことから。

第一段階がスラスラ出来るようになったら、あとは第二段階を実践あるのみです。

第二段階
  • 意識的に比較を止める
  • 比較対象を肯定的に受け止め、肯定の気持ちをアウトプットする

これだけでもかなり自己肯定感の低下は抑えられるんじゃないかと私は思います。

さらにつけ加えると、
第一段階「比較している瞬間に気づく」ですが、最初のうちは比較していることに気づけないと思います(私は気づけませんでした)。

なので「なんかモヤモヤする」「悲しい」「腹が立つ」「殺害したくなる」「ぶち犯したくなる」など、マイナスの感情の動きがあったときに(あれ?私今比較してた?)と考えてみてください。

とにかく無意識なので、ちょっと時間かかるかもしれませんが、ゆっくりいきましょう。大丈夫。時間はたくさんあります^^日進月歩、何事もやろうとしてみるところからですよ^^

何となく比較してる瞬間が分かるようになったら、なんで比較してるのかなー、と分析してみましょう。そうすると段々自分の思考パターンが見えてきます。

これもできない人は精神科の先生にあなたの思考パターンはこうだね!と指摘してもらうのも一つの手ではあります。

第二段階「肯定のアウトプット」は、「なんのこっちゃ」って感じだと思いますが、要するに自己否定の種を、肯定することで消してしまえ作戦です。

例えば先の例に挙げたような場面で試験に合格した友人にくっそ!!!死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」を内心思っていたとしても、あえて行動では大声で「おめでとう!やるじゃねえかこの野郎!」と伝えてみるんです。何ならお祝いの缶コーヒーとか渡しちゃう。

そうすると、脳が勝手に「私はマイナスな出来事も、気配りをして成功者を祝ってあげられている!!物事を肯定的に捉えている!!俺って大人になったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と感じてくれて、否定的だった思考を肯定的に上書きしてくれるのです。脳って案外単純みたいです。しかも、相手からも喜ばれるオプション付き!

私自身、以上のような自分で自分を全力で褒めてあげたり、慰めてあげる考え方をを実践するようになって、それまでなら無意識に比較して落ち込んでいただろう場面でも落ち込まずに笑い飛ばせるようになりました。

人からの否定も前ほど怖くありません。随分と穏やかな気持ちです。

そうなんです。

物事なんでも捉え様良いように考えよう。

本当に魔法の言葉です。

自己肯定感を高める方法

続いて自己肯定感を高める方法を伝授しましょう。

ここまで散々「自分を否定しない」と書いてきましたが、「否定する自分」も含めて自分を受け入れるのは、自己肯定感を高くする上で大事です。でも受け入れるって難しいんですよねー。頭で理解は出来ても心の話なので思うようにいきません。

というわけで、まずは以下のことから取り組んでみましょー!

  • 自分の短所に目を向ける
  • 短所に対して見方の転換と長所への変換を行う

見方の転換とは、短所を少し違った視点から観察して「あれ、案外短所じゃないかも?」と見方に変化を与えること、長所への変換は、その名の通り短所を長所へ変換することです。

分かり難いと思うので例を見てみましょう。

《例》

自分の短所を書きだします。

  • 頭の回転が遅い
  • 男らしくない

短所を書きだしたら、続いて「転換」と「変換」を行います。

頭の回転が遅い
(転換)納期にも間に合うように作業できるし、もしかして遅くはない?そもそも何と比べて遅いんだろう。
(変換)時間をかけて考えるからミスが少ない。
男らしくない
(転換)おとこらしさは主観だし、比較せず、自分の思う漢らしさに近づけば良い
(変換)社会でもなよなよ男子と意識されず紛れ込める

と、こんな感じです。思ってたより短所は短所じゃないかも?と気づきます。

「短所は何をきっかけに短所だと思うようになったのか」を考えてみると、やっぱり周りと自分を比較して、もしくは誰かに比較されて短所だと思いはじめた物が多いんです。「(回りと比べて)仕事が遅い」とかね。

短所だと思っていたものを、比較を含まない視点で見つめ直してみると不思議に「しゃーないか。これが私だもんなぁ」とストンと受け入れられたりします。

自分を受け入れると言うことは、『自己』を『肯定』できたことになります。こうやって受け入れられる自分を増やしていけば、いつか肯定感も高くなっていきます。

と、信じてます。きっと、なるはず。

物事なんでも捉え様良いように考えよう。

おわりに

自己肯定感を考える上で「比較」は切り離せないものだと改めて実感しました。この自分で自分を全力で褒めてあげたり、慰めてあげる考え方救われた気持ちになるのは、私自身この身で体感した紛れもない事実です。そう考えると、自己肯定感の低さに苦しんでいる人は案外多いのかもしれませんね。

私は生まれて現在に至るまで(割と)甘やかされて肯定されながら生きてきました。末っ子長男だったしなぁ^^

両親からは溢れんばかりの愛情を注がれて育ち、離れて暮らす今でも何やかんやと気にかけてくれます。私自身、そんな両親をはじめ家族が大好きで、今でも長期休暇があるたびにちょくちょく実家に帰っています^^

友人関係には・・・恵まれていたと思います。小中高大、全部の学校でハブられた伝説的な経歴を持っていますが(白目)

でもでも!今だって、管理人のCajohさんはじめ多くの友人に恵まれているのは事実ですから!!

物事なんでも捉え様良いように考えよう。

じゃあ、きっかけは何だったのか。考えてみると、中学高校での野球部の活動を通じて監督から人間性を完全否定されて、挫折し自分が嫌いになり、周りの目の怖さを思い知らされたことが自己否定のはじまりだった気がします。あれから約10年たちますが、その頃の挫折が今でも根強く残っていたみたいです。

ホントに個人的な話になってしましますが、小学校中学高校と野球を続けてきましたが、恩師と思える人は誰一人としていません。人間的に成熟した今考えても・・・やっぱり恩師と思えません。

私の心に傷をつけただけの害を与える人間という人間、究極のポジティブを言えば自分の未熟さを気づかせてくれた人間といったところでしょうか。

私自身、あなた方に全く感謝していません!!!ざまぁみれ!!!!www

 

 

・・・ふぅ、スッキリしたところで、本題に戻りましょうか^^

きっかけや期間は関係なく、癖になってしまった自己否定の思考サイクルは自分で気づくまで続きます。それでも、気づけさえすれば自己肯定感は上げられるはずです。それを信じて、今回の内容を続けていきます。今のところ経過は驚くほど好調です。

精神科に通うイメージがわかないですね^^

※今回の記事は、自分の思考と向き合った結果に出来た記事です。記事の「自己肯定感の低い人間」とは全て私のことを指します。実際、まだまだ低い方なのでね。だいぶマシになりましたが。

 

いつも最後まで読んでくれてありがとです^^

NoWay

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