個人向け国債の金利は現在たったの年0.05%です

銀行の国債保有率は一時期よりは低下しているものの、預貯金の多くが相変わらず国債に向かっていることになります。国の運営費を援けるしくみといえば聞こえはいいですが、そもそも税収不足を起こしている時点で国も国民も、おかしなジレンマを抱えていることになります。

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個人向け国債の不人気化

「個人向け国債」、ご存知の方も多いと思います。その名の通り、私たち一般国民向けに国が発行した債券のことで、固定金利の3年物と5年物、そして変動金利10年物という3種類が発行されています。一時期はTV-CMが頻繁に流れるなどしてとても注目されていましたが、さらなる金利の低下で長期運用を控える動きが出てきたこと、それに対抗するように固定金利3年物を投入したものの、さして売れ行きは伸びず、といった過去でした。

個人向け国債

なにより国債は「国の借金」という側面を持ちます。最近ではこれら国債や年金、税金など、若い世代に負担を強いる制度や仕組みについて疑問を投げかける風潮にあり、そうした心理的なことも国債の売上低迷に影響しているようにも感じられます。かつての郵便局でもその運用方法(財政投融資を通じて特殊法人等への融資が行われ多額の不良債権が積み上がる等々)に問題があるとされました。それは郵貯の民営化への道につながる大問題だったわけですが、私たちが単に金利がよいからといって「郵便貯金」をしていたその行為が、日本の暗部を作り出す一端を担うことになるなど、想像すらしていなかったのではないかと思います。

金融という世界は、そのお金がどこをどう通じて付加価値を生み出すことになっているのか、そのことを正確に理解していなければ、知らず知らず、思わぬ社会の『悪循環』に加担していたということにもなりかねません。

社会を育てない『安全第一』

銀行預金にしても同じく、そこにはしくみがあります。私たちが預けたお金は企業に貸し出されますが、週刊誌や書籍で「不動産を担保にお金を貸すしか脳がない」と非難されるその銀行に、私たちの多くは預金をします。間接金融として銀行は社会にお金を循環させる役割を担っていながら、ベンチャー企業を育てるという観点での貸し出しに応じることは少なく、担保力によってのみ審査される世界が相当程度残っているといわざるを得ません。

また、大手の銀行ともなれば国債を数10兆円も抱えています。もちろん、私たちが預けたお金の利子を払うために、銀行が選んだ「安全」な運用先として、です。預金をして利息をもらうという行為が、銀行の大量の国債購入につながっていて、つまりは次世代への負担増を後押ししているという側面があることは、銀行だけでなく、預ける側にも再考の余地があるのではないかと考えさせられます。

『投資は自己責任』のほんとうの意味とは?

1990年代に国が主導した金融ビッグバンによって「貯蓄から投資へ」そして「自己責任」という言葉が降り注がれましたが、リスクを負ってでも運用しなさい、という意味にしか聞こえなかったとすれば、日本の金融改革はほとんど進まないことでしょう。自己責任の意味は、そのお金が何に使われるのか、どうやって付加価値を生み出すのか、それを認識し直接的に関与することにあります。日本人の預貯金偏重が変化し、健全と思しき資金循環がなされる社会にしていくためには、私たち預ける側、投資する側が、その「しくみ」についての知識・理解を深めていく以外にないのです。

▼ 財務省が謳う『国債は手軽で安心』

大切なお金が「自分にとって正しく使われる」ことを望むか、それとも「守られる」ことだけに固執するか、難しい選択かもしれませんが、社会の一員としての価値観が問われることでもあるのが、金融資産の運用という世界なのです。国のマネー動向を見るには「資金循環統計」という財務省が発表する数値があります。日本という国の、オトナ性を示す1つの指標でもあるのでしょうね。

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