国や銀行がお金(資産)を守ってくれるという幻想

経済学上、インフレは当たり前の状態であるとされてきました。なぜかといえばそれは、人類の歴史は人口増とともにあったからです。ところが日本は長くデフレを経験してきました。アベノミクスで必死に食い止めようとしていますが、少子化、人口減は、着実に日本経済を蝕んでいきます。

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モノを買わなければ、景気は良くならない

モノの値段というものはすべて、需要と供給のバランスによって決まります。誰も欲しがらないモノに値段はつきませんし、皆が欲しがれば値はグングンと上がっていきます。

不景気だからと節約に勤しめば、モノの値段は下がっていき、100円均一のお店や、洋服もファストファッションばかりがもてはやされ、500円どころか300円ランチに人気が集まります。儲けの薄い商売が蔓延れば、結局は消費者=労働者ですから、自らの首を絞めることになります。

ケチはやがて、薄給となって自分の身に襲いかかるものです。

アベノミクスをとやかく言う前に、自ら行動する

他に類を見ないほど速いスピードで少子高齢化が進み、戦後復興~高度成長の過程で人口増と内需拡大に頼って成長してきた日本は、バブルの崩壊とともに低成長、デフレの道を歩むことになりました。元来「保身的な」日本人はますます身を固くして現預金に固執し、銀行も保身のため貸し出しをストップ、経済の息の根を止める行為は続いたものの、この最悪の状況から脱しようというのが、アベノミクスです。

ところが、私たちはあまりに長い不景気やデフレに慣れてしまい、コロコロ変わる政治に翻弄され(国民は政治の当事者ですから被害妄想に過ぎませんが)、「疑う」「批判する」ことが性根に沁みついてしまったようです。しかし、インフレは国の指針です。物事を成すにあたって、これ以上のパワーはありません。ちなみに株式の世界にはこんな格言があります。

「国策は買い」

貧富の差が圧倒的に広がる時代

国が決めた道は、法律をも巻き込んで目標に辿り着こうとします。国策に逆らうことは、得策ではありません。インフレは着実に進んでいます。つまり、お金の価値は着実に減少しているのです。これまでのように身を固くしてお金にしがみついていると貧乏になってゆく、自らしっかりと考え見据え、投資をしなければ、2極化の下のほうへと追いやられる、それがインフレというものです。

日本の二極化とは「守銭奴」と「投資家」

日本人はお金が大好きです。守銭奴、という言葉がありますが、日本人の本性を表しているなという印象があります。米国での預貯金の割合は20%にも満たないといわれますが、日本は50%以上にもなります。人を信じて、人に託して、共に成長する、などという理想はどこへやら、とにかく自分のことだけを考えて、自分のお金を大事に、国や銀行を頼りに、元本保証に躍起になって預貯金に傾倒しています。

割合はほとんど変わりませんが、それでも、株式や投資信託に投資をしてきた人たちは、ここ数年で資産が急増している様子が見て取れます。儲けの一部を再投資、一部を預貯金に回しているのでしょうか。そのような動きが見て取れるグラフです。

一方で無貯蓄層が増えている、3世帯に1世帯は資産を持たない、とまで言われます。預貯金しかなければ、次第に食いつぶして終わります。これが二極化の実態です。

元本保証社会は莫大なコストがかかる

そうした日本人の性質を逆手にとって、「銀行業」を国として守り(護送船団)ながら、民間の預貯金を市場にじゃぶじゃぶと投入していったのが戦後の高度成長です。ところが、バブル崩壊後は銀行が機能しなくなりました。国民金融資産の多くは銀行を通じて国債へと流れ、それらは高齢社会を支えるために使われます。国が元気になれるはずもありません。

だからこそ直接投資が必要だとして、20世紀の終わりに橋本政権が日本版金融ビッグバンを掲げましたが、多くの国民はその「守銭奴」ぶりを発揮して、国策に乗ることはありませんでした。デフレを招いたのは国民です。私たちの意識と行動が変わらなければ、この国は変わりません。国がなんとかしてくれるという感覚からいち早く脱却しなければ、私たちに未来はありません。

国債や銀行預金の元本保証を支えるのは誰だかわかりますか?
国民(の税金)です。

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