『強い日本(円)』の思い出にしがみつくなかれ

1ドル360円の固定相場制から変動相場制へ移行し、1985年のプラザ合意を経て、円高は既定路線として進み続け、円の価値は約4倍にまで膨れ上がりました。

日本人が「円」「日本」を信頼してしまう原因がここにあります。

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日本は景気の急上昇と急降下を経験

街はベンツ、BMW、アウディにポルシェと高級外車に溢れ、ブランド物に身を包むことが当たり前な時代を迎えました。ところがバブル崩壊以降、それでも円高が定着する中で長引く不景気を迎え、デフレが進行、若者の車離れが叫ばれ、誰もがユニクロを着るようになりました。インフラ整備が進んでいるために、日本は相変わらず豊かな国に見えますが、貯蓄率は下がり、税金も社会保障も負担は急増し、その内実はかなりの貧乏です。

どう行動したらよいか、わからない日本人

失われた20年、それこそ貯めてきた資産を食いつぶして生きていくしかないと、縮こまって生活しているところへ、アベノミクスがさらなるインフレを目指し、これ以上の円安を誘発したらどうなるでしょう。経済景気が部分的に良くなっていったとしても、投資をしない、有利なビジネスにタッチしない国民は置いてきぼりを食らい、価値が減る一方の「円(預金)」にしがみついて、どんどん高価になっていくモノやサービスを買うに買えない事態に陥っていきます。

(参照:http://kapok.mydns.jp/wordpress/?p=3045)

1ドル110円を円安と呼ぶのは早すぎます。360円が80円を切るまでに進んだ円高が巻き戻されていくわけですから、この先のリスクは測り知れません。1ドル80円だった円が160円になれば価値半減です。私たちの土地も建物も現金も、すべて価値が半分になっていく道の途中かもしれないのです。

『円』だけで資産を構成するのは無謀すぎる

資産のすべてが「円」でできているというのは、そういうことです。極端過ぎるのです。リスク過多、です。では円を半分、ドルを半分、という状態はどうでしょう。円高でも円安でも、どちらに動いても総合価値に変化はありません。金融の専門家たちが「通貨を分散せよ」と叫ぶのは、外貨だけの話ではなく、円も含んでの話なのです。

ドルの価値を操作するアメリカ、円を安くしたい日本

1998年に150円近くまで円安が進んだことがありました。当時のルービン米財務長官が「強いドルは国益」とコメントしていた時代です。米国の通貨政策によって、反対側の円の価値は大きく変動します。

円が安いとか円が高いとか、円が主役で話してしまいがちですが、世界はドルが主役です。ドルをじゃぶじゃぶと刷ってしまえばドル安になりますし、ドルの供給を抑えれば、円の価値が高まります。その時々の為替の流を作るのは供給量です。

日銀の黒田総裁が異次元の緩和策と叫んでバズーカ砲を打ちましたが、その「供給」への期待感から円安の流れが作られました。インフレにして、円安にする。

日本人が『円』を売る時代へ

2014年4月に、ニューヨーク株式市場が弱くなる場面がありました。そのときはドルが売られ円が買われたわけですが、実は日本人の大量のFX取引(日本人トレーダーを総称してミセスワタナベと呼ばれました)によってドルが買われました。

日本の国民金融資産が動くと、相場に影響を与える一例です。

ニュージーランドの金利が高いからと、NZ債を買いまくって相場を動かす日本人、という話も有名です。私たち日本人は、自らが行動して為替相場を動かすことに加担できる、当事者意識を持って資産運用すべきです。

私たち自身が円を売るのか買うのか、そのことが相場を動かすのです。この先、円安が進むにつれて、外貨保有を考える人は増えてくるはずです。つまりは、円を売って外貨を買う、円安はそのことによっても加速します。いつ、どれくらいの資金を、外貨で保有するか、その決断のタイミングが、資産形成の上ではとても大切なのです。

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